私は日本にいた頃、塾の講師をしていた。
仕事帰り、塾の近くのスーパーや本屋に立ち寄ると、生徒たちの親や兄弟、あるいは本人たちから、しばしば呼び止められたものだ。
なんともバツが悪いのは、どういうわけかスーパーで安売りの惣菜を物色している時に限って、親たちはよく通る声で私を呼び止めるのである。
「あら先生! お買い物ですか? うちの息子どうです? 家では全く勉強しませんけれど、どうぞよろしくお願いしますね!」
彼女たちは満面の笑顔で私に深々と頭を下げる。私はひどくきまりの悪い思いを抱えながら、割引シールの貼られた惣菜パックを慌てて棚に戻す。そして瞬時に「教師の顔」を取り戻して、負けじとお辞儀を繰り返す。
当時の私は、どんな時にも、どんな場所でも「先生」という仮面を外すことができないことが、とても息苦しかった。それが、日本を飛び出したいと思った理由のひとつだったことは間違いない。
ドイツに来てからも、似たような理不尽さがなかったわけではない。ただし今度は「先生」としてではなく、単なる一外国人として。
ビザの更新のためにたった一つのハンコをもらうのに半日も待ち、当日は書類が一枚足りないという理由だけで窓口から追い返される。私という人間そのものは何も変わっていないのに、紙切れ一枚の有無で、この社会にいられるかどうかが決まってしまう。
これは、パスポートの有効期限が切れることにも少し似ている。
パスポートは、私が「私です」と言い張るだけでは成立しない。他者によって発行され、私という人間を社会的に証明するものだからこそ、それを持って私は国境を越え、社会の中でさまざまな行為をすることができる。
もし有効期限が切れていたら、私という人間は昨日と今日で何も変わっていないのに、社会の中でできることは突然大きく制限される。
「私」は間違いなく存在している。けれど、その存在を社会の中で有効にするためには、他者からの認証が必要なのだ。
考えてみれば、これはアーティストにも少し似ている。
「私はアーティストです」と自分で名乗ることはできる。誰にも認められなくても、毎日絵を描くことはできるし、自分の作品を愛することもできる。それはもちろん自由だ。
けれど、アーティストとして生きていくことを考えるなら、いつか作品は自分の手を離れ、他者の目にさらされていく。
誰かが見る。誰かが言葉を与える。誰かが展示する。誰かが購入する。
誰かがあなたを「アーティスト」として紹介する。
その瞬間、作品だけでなく、作家自身の存在もまた、社会の中に置かれていく。
私は以前、「誰かに認められたい」と思うことを、どこか敗北のように感じていた。自分の信念があるなら、他人の評価など気にしなくていい。自分が良いと思うものを作ればいい。そんなふうに考えていた時期が長かった。
でも今は、少し違う。
他者から認められることと、他者に迎合することは同じではない。評価されるために作品を変える必要もないし、市場に合わせて自分の表現を曲げる必要もない。それでも、自分が社会の中でどのように認識されているのかを、無視することはできない。なぜなら、アーティストという存在もまた、自分ひとりの内側だけで完結するものではないからだ。
誰にも認めてもらわなくても、自称ギャラリストとして暮らすことはできる。でも、私はそんなことを求めてギャラリストになったわけではない。
だから、もう逃げるのはやめることにした。
少し遅すぎるけれど、私はこの歳になってようやく、他者によって認識される自分の姿を受け入れられるようになった。そして今は、それをむしろ喜んで引き受けたいと思っている。
先日、地域の蚤の市に参加していた。自宅の不用品を、自宅の庭先で売っていたのである。不意に、一人の女性が話しかけてきた。
「ギャラリーの人ですよね?」
咄嗟に私は、営業用の笑顔で会釈を返している自分に気づいた。そして、内心で少し笑ってしまった。
「先生」と呼ばれることから逃げ出したあの人間が、今度は同じ手つきで「ギャラリスト」の仮面をかぶり直している。
ずいぶん皮肉な話である。
けれど、あの頃感じていた息苦しさは、もうどこにもなかった。
先生と呼ばれたのも私。ギャラリストと呼ばれるのも私。家の中で夕飯を作っているのも私。
どれも嘘ではない。
昔の私は、「先生」と呼ばれることで、自分ではない何かを演じさせられているように感じていた。
今は少し違う。
誰かが私をどう呼ぶのかを、すべて自分で決めることはできない。でも、その呼ばれ方も含めて、自分なのだと思えるようになった。
たぶん私は、ようやく「仮面を外すこと」ではなく、いくつもの顔を持ったまま生きることを覚えたのだと思う。

